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遺言の偽造が疑われたら【一澤帆布】[POSTED]:2019-08-26
第二遺言が偽造されたものであると判断されたポイント
2つの遺言が存在し、第一遺言に基づいた遺産分割を望む場合、第一遺言よりも後に作成された第二遺言が偽造であることを明らかにし、その遺言を無効にしなければならない。
一澤帆布の実際の訴訟において、第二遺言の真偽の判断に影響を与えた点としては、
- ①遺言には3代目が重要文書に使用していた「一澤」の実印ではなく、「一沢」の認め印が使われている点
- ②3代目の強い要請で信三郎氏が社長となった経緯から考えると、第二遺言の内容が極めて不自然である点
などがあがった。つまり、被相続人の生前の言動との矛盾が問題になった。
日記や契約書などが存在する場合は、それらの書面を証拠として提出することにより、裁判での立証活動もやりやすい。この事件の場合は当事者や被相続人が会社の経営者であることから毎日のように契約書などの重要文書を作成していたので、証拠も豊富にあったのではないか。
遺言内容に大きな変遷があった場合には有効性が疑われる
会社後継者の指名は重要なことなので、そうそう前言を翻すことはない。もちろん、後継者を指名し直すということも一般論としてはありうる。
遺言は何度でも書き直しができるが、内容面で大きな変遷があった場合には、有効性を疑われることにもなる。例えば、長男に大きな財産を与えることになっていたにもかかわらず、直後に書き直した遺言では、二男に殆どの財産を与える内容になっていれば、何か合理的な理由が欲しいところ。
遺言は最新のものが優先されるので、作成日時が重要である。矛盾する内容は、後の日付の遺言で前の日付の遺言を取り消したことになる。開示したタイミングは有効性とは無関係であるが、あまりにも遺言開示のタイミングが遅れているという事情があれば、なぜもっと早く遺言を開示しなかったのか、という疑問に対して合理的な理由を説明する義務が生じる。
相続裁判実務における筆跡鑑定
なお、遺言無効確認訴訟では、「※筆跡鑑定」も真偽の判断ポイントとなる。
筆跡鑑定は、一般的なイメージと違い、裁判実務では根拠として薄弱なものとなりがちだ。まず筆跡鑑定自体がどう転ぶかわからない。筆跡鑑定で自分の主張に好意的な結果が出ても、裁判所が鑑定結果を重視してくれるかどうかはわからないのだ。
信三郎氏の妻による訴訟において、第二遺言の筆跡鑑定では、信太郎氏側は現役科学捜査研究所メンバーと科捜研OBの鑑定人3名を、信三郎氏の妻側は魚住和晃氏(当時は神戸大学大学院教授)や医者ら3名をそれぞれ申請。結果として、鑑定のプロである科捜研が負けたと話題になった。
魚住教授はこの訴訟について、雑誌「 T H E J U D I C I A L W O R l D 」(2009 No.5)の中で、科捜研が行う筆跡鑑定が常に正しいわけではないことを証明した判例として紹介している。
※筆跡鑑定…文字だけを判断材料に、知識や経験を積んだ鑑定人が判断する。
刑事事件の場合
他方で刑事事件では、鑑定人の鑑定結果が重視されていると感じることがある。エレベーター内の画像を本人と同一視した鑑定結果を争ったことがあったが、さして明確な根拠もなく、裁判所は鑑定結果を採用した。
刑事裁判は有罪率が99%超。結論ありきで決めているのではないかと勘繰りたくなることもある。反面、民事裁判はまったく対等な当事者同士の争いで、どちらに転ぶかもわからない。日ごろは検察側が申請する鑑定人にも、アドバンテージはない。
遺言無効確認訴訟で敗訴した場合の次善の策
遺言無効確認訴訟はハードルが高く、どのような結論になるか予測がつき難いため、負けた場合も含めて、次善の策を考えておく必要がある。
信三郎氏は起業してカバン屋を続けるという選択をとったが、当時の状況を考えると賢明であった。製造業においては、実際に製作されるモノが命。値段で勝負している会社は別として、品質を売りにする商品については、世代交代に際してお家騒動が起きても、きちんとした商品を作ってさえいれば問題ない、という考え方もできる。
実際に信三郎氏は、自身のブランド「信三郎帆布」を立ち上げて帆布製品の販売などを行っており、一澤帆布時代の職人たちや材料の仕入れ先、通学用バッグに採用している学校が信三郎氏側についたようだ。モノ作りの要であるソフト面を押さえていた信三郎氏には、経営の才覚もあるといえよう。
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